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科学としての心理学を
伝えるために
金沢大学人間科学系 准教授
荒木友希子
(あらき ゆきこ)
私のような無名の心理学者でも,大学教員と
いう立場から,心理学に関心のある高校生や一
般の方々を対象に心理学についてお話をする機
会が多々あります。ある時は日本心理学会主催
の「高校生のための心理学講座」で「臨床心理
学」について,またある時は高校へ出向いて
行う出前講座で「大学で学ぶ心理学」について
説明します。その他にも,一般の方や対人援助
職の方を対象とした研修会で「ポジティブ心理
学」についてお話しすることもあります。
どんなときでも,共通していることが三つあ
ります。一つ目は,とにかく時間が圧倒的に足
りないことです。数十分で「心理学」や「臨床
心理学」のすべてを話せるわけがなく,かいつ
まんでエッセンスを伝えようとしても,やっぱ
り時間が足りません。あれもこれも知って欲し
いという思いばかりが強く,まったく学習でき
ないことを毎回反省します。
二つ目は,一般の方々が持つ心理学に対する
誤解や先入観,イメージを変えることを講座の
目的のひとつとすることです。心理学といえ
ば,カウンセリングや深層心理テストといった
イメージに偏ることが多いです。いくつかの例
を挙げながら,こういったイメージを覆すのに
多大なエネルギーを注ぎます。講座の感想で
「これまで持っていた心理学に対するイメージ
が変わりました。」といった自由記述を見つけ
ると,心の中でガッツポーズをします。
三つ目は,心理学は読心術ではなく,心の働
きについて考える実証科学であることを正確に
伝えることです。心理学を学ぶことによって人
の行動や考え方の共通性や差異について理解が
深まることを理解してもらうために,あの手こ
の手を尽くします。
金沢大学での「高校生のための心理学講座」
金沢大学では,2013年から毎年,「高校生の
ための心理学講座」中部Ⅱ地区を担当していま
す。2015年以降,講師は金沢大学で心理学教
育に携わる5名の教員が担当しています。この
講座の参加者は,富山,福井,石川の北陸三県
にわたり,男子よりも女子が多い傾向がありま
す。また,保護者の方も毎年数名参加され,積
極的に質問をされることもあります。
毎年,講座の感想で特に多いのが,「動物を
使った心理学実験に興味を持ちました。」と
いった学習・比較心理学への感想です。谷内通
先生は講義の中で,マウス,ラット,ブタ,キ
ンギョ,イモリ,リクガメの条件づけについて,
写真や映像を駆使して分かりやすく説明されま
す。このとき,神妙な面持ちで静かに座ってい
る高校生たちの心の中はきっとたくさんの驚き
でいっぱいなんだろうなあ,今まさに心理学に
対するイメージがガラガラと崩れているんだろ
うなあ,と想像しながら私は毎年受付の席でほ
くそ笑んでいます。
この講座では,トップバッターの小島治幸先
生がご自身の専門である認知・神経心理学に言
及する前に,かなりの時間を割いて「心理学と
は何か」について説明されます。心理学の語源
と歴史,心理学のさまざまな分野や研究方法に
ついても説明されます。岡田努先生は若者の心
と対人関係というテーマで行われている人格心
理学の調査研究について,浅川淳司先生は乳幼
児期の心の発達をとらえる発達心理学の実証的
な研究について,それぞれ説明されます。この
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私の出前授業
Profile─荒木友希子
金沢大学大学院社会環境科学研究科博士課程修了。博士(文学)。
臨床心理士。金沢大学助手,助教を経て,2009年より現職。大阪大
学・金沢大学・浜松医科大学・千葉大学・福井大学連合小児発達学
研究科併任。専門は臨床心理学,健康心理学,ポジティブ心理学。
著書は『健康心理学・臨床心理学へのアプローチ(自己心理学3)』
(分担執筆,金子書房),『心・理・学:基礎の学習と研究への展開』
(分担執筆,ナカニシヤ出版),『無気力な青少年の心:無力感の心理
: 発達臨床心理学的考察』(分担執筆,北大路出版)など。
流れに沿って,私が担当する臨床心理学の講義
では,他の講義で取り上げられた心理学と同じ
く,臨床心理学も実証的な科学であることを強
調するようにしています。私が金沢大学の学部
生時代に臨床心理学を教わった田中富士夫先生
によると,「臨床心理学」とは以下のように定
義されます。
心理的に不健康な面,すなわち,問題行動をもつ
クライエントを,より健康な方向に導くために,
心理学並びに関連諸科学の知見と方法を用いて専
門的援助を行う,応用心理学の一分野である(田
中,1988)。
この定義は,臨床心理学における支援の対象
者や,目的,方法,心理学における位置づけな
ど,重要な概念が凝縮されています。この文章
を分割し,各用語を解説することによって,臨
床心理学とはどんな学問なのか説明していきま
す。たとえば,冒頭の「心理的に不健康な面」
という箇所では,何が健康で何が不健康なの
か,正常と異常の境界はどのように設定するの
か,といった大きな問いを聴講生に投げかけま
す。また,講義の後半では実習として,コミュ
ニケーションスキルの習得をめざしたマイクロ
カウンセリングのロールプレイを行ったり,リ
ラクセーションスキルの習得をめざした筋弛緩
訓練の一部を体験したりする時間を設けます。
高校で行う出前講座「大学で学ぶ心理学」
「高校生のための心理学講座」で「臨床心理
学」を担当する場合とは異なり,私ひとりで高
校へ出向いて「大学で学ぶ心理学」について説
明する場合は,心理学は科学であることを理解
し,心理学研究の具体的な手法を知ってもら
うことに重きを置きます。まず授業の冒頭で,
「心理学についてどのくらい知っていますかク
イズ」と称して,以下の6問を提示し,○×で
回答してもらいます。中には△のようなグレー
ゾーンの問いもありますが,「実はすべて×で
す」と伝えると,高校生たちは「えー!」と驚
きの声をあげます。その様子を見て私は内心喜
びつつ,各問いについて解説していく形で,「大
学で学ぶ心理学」について説明していきます。
1.心理学は精神医学の一部である
2.心理学の先生はカウンセラーである
3.心理学は理科系である
4.心理学を学ぶと人の心が読み取れる
5.心理学の歴史は2000年と古い
6.心霊現象は心理学のテーマである
ただし,科学,エビデンス,客観性,といっ
た言葉を授業で再三繰り返していると,「いや
いや,それだけではないでしょうが」という言
葉が私の心の中で聞こえてきます。人の心は科
学では説明できない部分もあります。特に臨床
の現場では,サイエンス(客観性)とアート
(直感や主観性)の両方が同時に求められます。
また,心の問題を扱うとき,心理学だけでは不
十分で,最先端の脳科学はもちろんのこと,伝
統的な哲学や倫理学,宗教学,歴史学,比較文
化学,生物学などさまざまな学問が必要となる
場合もあります。科学としての心理学を誇張す
るあまり,このようなことが看過されるジレン
マを感じるのも事実です。しかし,心理学は読
心術であるといった一般的なイメージを覆すた
めには,やはり科学としての心理学の在り方を
正しく伝えることが使命であると考え,私は出
前講座に取り組んでいます。
文 献
田中富士夫(1988)『臨床心理学概説』北樹出版